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発信することの大切さ

2年前の今頃、こんな記事を書いた。

okutaku.hatenablog.com

別に大声をあげていうことでもないと思うが、Twitterを再開したというのもあって、「発信することの大切さ」について書いておきたい。

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1. Twitterを再開した理由

Twitterをやめていて感じたのは、Twitter上でのコミュニケーションがなくても、日常生活には全く関係がないということ。もし、SNS疲れしている人がいるなら即刻アカウントを消すべきだと思う。

Twitterをやめた時、心の底では、モバゲやmixiがそうであったように、Twitterも代替サービスが現れて、ネットワーク効果で急激なプラットフォームチェンジが起こると思っていた。しかし、実際は今もTwitterは健在だ。日本語は少ない文字で多くのことを表現できるという点や日本人の文化的にもTwitterとの相性がいいため、Instagramがユーザー数を急激に伸ばしていても、いい感じに住み分けができていると思う。

Twitterを再開した大きな理由の一つは、「発信することの大切さ」を再考したかったからだ。実際、Twitterで発信していなければ今の自分はいなかったと断言できる原体験がある。

ベンチャーでエンジニアをしているのは、本を正せば、Twitterでソーサル (https://sosal.me/)の共同創業者である中島と知り合ったからであると思う。僕がソーサルを開発していなければ、delyに誘ってくれた柴田さんとも出会うことはなかったと思うし、今頃大学院で卒院のための実験をしていたかもしれない。SNSは上手く使えば、思いもよらない出会いが生まれ、自分の人生を変えてしまう力があると思う。

自分もインターネットの世界で生きていこうと決めたため、Twitterで自分を発信することが、今後、個人で仕事をしたり、会社に属するとしても採用に良い効果があると考えている。

 

2. 発信することの大切さ

発信することは、身知らずの人から批難をあびるなどのリスクを伴う一方で、今後重要度を増してくると思っている。今更感が強いが、YouTubeTwitterInstagramなどで数万から数十万のフォロワーを抱えた人がインフルエンサーとなって、世の中を動かしている。そこらの芸能人よりも普通の高校生の方が若者の認知度が高いのが現実である。それは極論かもしれないが、個人がメディアとなって、発信する機会はここで言うことでもないかもしれないが、その重要度が増してきている。

何故、発信することが大事かというと、その人の考えや行動が多くの人に知られる事で、それがきっかけとなって、仕事を依頼されたり、働く場所が見つかったりするからだ。実際に、Twitter経由で入社するというのがITベンチャーでは多い印象がある。今後もしかしたら個人で仕事をする事もあるだろうし、誰かと会社を起こす事もあると思う。そのためにも、自ら発信して、且つ情報感度を高く持ち続けるためにTwitterやこのブログなどは最良のツールであると思っている。

実名を検索すれば、その人のFacebookや個人ブログ、Twitterなどが容易に閲覧可能な現代において、実際に会って一定の壁を越えた話をしたことがない人の第0印象は、SNSやブログなどでその人が発信した文章全てで定義されてしまう。よく考えられた言葉を書く人は思慮深い人だと思われるし、汚い言葉遣いをする人は本当はとても良い方でも会ったことがない人にはあまり良い印象を与えない。ただ、リアルな世界では第0印象はほんとど意味をなさなくて、実際にお会いしてみて、中身が無いような人もいれば、その逆も然りである。

ただ、今後デジタルネイティブが中核を担っていくだろうこの世界で、IT業界に止まらず、全ての業界で、個人あるいは組織レベルで発信しないことが大きなリスクになってくるかもしれない。Googleを始め、Facebookなど広告の収益が年々増していく中で、インターネットに使用される広告費が2018年に初めてテレビを上回るという予想も発表された。Netflixや AbemaTV、DAZNなどインターネットを通してテレビ、ドラマを見る体験が当たり前になる中で、インターネットでの滞在時間が増えつつあるのは言うまでもない。

www.nikkei.com

SNSのアカウントもブログも、企業のホームページさえも恐ろしく簡単に作成することができる。発信する方法は様々だが、上手く情報発信することで、大きなメリットが教授できると思う。

また、発信することは自分のみならず、誰かの人生にも良い影響を及ぼす可能性を秘めている。最たる例はTwitterなどSNSのDMから直接採用に結びついたり、共同創業者が見つかって起業したりだろう。スタッフブログやテックブログで発信して、興味を持ってもらうことであったり、自分の辛かったことなどを発信して、同じ境遇の人を勇気付けたりもすることができる。

 

3. アウトプットはインプットの母である

 アウトプットは内から外へ、インプットは外から内への流れなので、お互いに関係ないように思う。しかしながら、アウトプットを通して、インプットしていることが多々あることに気がつく。

このブログやSNS、登壇、プログラミングでいうとライブラリの開発やOSSへのコントリビュートまで様々なアウトプットがある。その際に、自分が本を読んだりエントリを読んだりしてインプットしたと思っていたことがことごとく曖昧に解釈しているとわかる。アウトプットするということは、インプットしたことを自分の中で咀嚼して自分の言葉で表現することである。ただの言葉の借用は全く自分の実になっていない。一つ一つの言葉の意味であったり、概念を自分の言葉で表現しようとした時、その曖昧さから、前読んだことがある本を再度読んでみたり、間違った解釈をしていないか調べたりする。その度に、学びがあって、考えていたことと真逆のことが出てきたり、深堀したらさらに面白いことを発見したりすることもある。

また、アウトプットをすると、ポジティブなフィードバックをもらったりすることもある。自分で仕入れることができる情報量には限りがあるし、解釈の方向性が間違っていることもある。良いフィードバックをもらうことができれば、そこからさらにアウトプットするという好循環に持っていくことができると思う。

上記の具体的な例でいうと、僕なりにプログラミングがそれに当たる。本屋で買った参考書やオンラインで学習したことを、アウトプットして具体的なサービスや機能を作ろうとすると、インプットしたと思っていたこととの乖離が激しいことが多々ある。その度に、検索を繰り返すことになる。参考書やオンライン学習ツールが悪いということではなくて、ごく一般的で基礎的なことを学んだだけでは、実務では中々通用しない。本当にプログラミングを習得したいと思った時には、インプットしただけで実になったと満足することなく、アウトプットを繰り返すことが大切になると思う。

発信することの例としては、登壇がそれに当たると思う。人様の前に立って、聞いている方の時間を束縛しているのだから、間違ったことは言いたくないし、できれば大多数が知らないようなことまで網羅した発表をしたいと思う。自分の発表を通して、日々の業務に活かしてもらえるような体験ができれば最高だと思う。しかしながら、確かなエビデンスを見つけるにも時間がかかるし、ほとんど誰も知らないようなことを知るためには、普段見ないような部分にも足を踏み入れる必要がある。そのような工程を経て、自分の中でうまく解釈することで、良いインプットに繋がって、知識の幅が広がるということもある。また、発表するとなると、他の人たちはどのように発表しているのか、他の人の登壇内容を注意深く聞くようになるため、細かい部分まで頭に入ってくることもある。

 

最後になるが、発信することは自分に大きなメリットとなることが多いが、リスクも伴うことは忘れてはならない。しかしながら、自分の考えを整理したり、揮発性が高いアイデアを文字に起こすという意味でも、発信する機会をどんどん増やしていきたいと思う。

 

再開して間も無く、フォロワーも少ないですが、もしよければフォローしてみてください。

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